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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)2217号 判決 1988年6月29日

原告

ヤマハ株式会社

右代表者代表取締役

川上浩

右訴訟代理人弁護士

青木一男

関根修一

被告

破産者株式会社日本蓄針破産管財人

奥野善彦

右訴訟代理人弁護士

黒田泰行

滝久男

山中尚邦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(第一次請求)

被告は、債権者・原告、債務者・被告間の東京地方裁判所八王子支部昭和六〇年(執ハ)第一一七号事件において東京地方裁判所八王子支部執行官の保管とされた別紙物件目録(1)及び(2)記載の物件にかかる原告からの動産先取特権に基づく競売申立につき、同物件に対する差押えについて承諾せよ。

(第二次請求)

被告は、原告に対し、債権者・原告、債務者・被告間の東京地方裁判所八王子支部昭和六〇年(執ハ)第一一七号事件において、東京地方裁判所八王子支部執行官の保管とされた別紙物件目録(1)及び(2)記載の物件を引き渡せ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 1の第二次請求につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(売買)

原告は、昭和五九年一一月一日から昭和六〇年二月一四日までの間に、破産者株式会社日本蓄針(以下「日本蓄針」という。)に対し、別表記載のとおり楽器等の各商品を売却し(以下「本件売買」という。)、同表納入日欄記載の各日にそれぞれ引き渡した。

2(破産宣告)

日本蓄針は、前項記載の各代金の支払をしないまま、昭和六〇年二月一五日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、被告が破産管財人に選任された。

3(占有)

被告は、本件訴訟を本案とする仮処分決定(東京高裁昭和六〇年(ラ)第一四一号同年五月一六日決定)に基づく東京地方裁判所八王子支部昭和六〇(執ハ)第一一七号事件において昭和六〇年五月二一日東京地方裁判所八王子支部執行官の保管とされた別紙物件目録(1)及び(2)記載の商品(以下「本件物件」という。)を占有しており、原告はこれにつき動産売買先取特権を有している。

その根拠は次のとおりである。

(一)(不特定物(種類物)に対する動産売買先取特権)

個性のない量産物については、物の個性そのものが存在しないし、重視されない。まして、本件においては、原告以外に本件物件と同種の物件を納入した者はおらず、他の権利者を害することはない。したがって、先取特権発生の原因となる本件売買において対象とされた商品と同種類の商品であることが明らかである以上、本件物件の個々の同一性の有無の判断をすることなく、本件物件について動産売買先取特権が認められるべきである。

(二)(仮に、(一)の主張が認められないとしても)

(1) 本件売買において対象とされた商品の数より被告が占有している数の方が少ない種類の商品については、「先入先出法」が通常の商品管理の方式として行われていることから、本件物件は本件売買にかかる商品の一部であって、動産売買先取特権の対象物であることが推認される。

(2) 本件売買において対象とされた商品の数よりも被告が占有している数のほうが多い種類の商品については、仮処分執行の現場において、原告代理人弁護士関根修一が、視認により、汚れの程度や経年変色の違い等から最近納入されたと思われる物件を判断・選別したものであるから、本件物件は本件売買にかかる商品の一部であって、動産売買先取特権の対象物であることが推認される。

4(第一次請求に関する法律上の主張)

民事執行法上は、動産売買先取特権の実行について、目的物を執行官に提出するか、または占有者の差押承諾書を提出することが要求されている(同法一九〇条)が、この差押承諾が専ら債務者(占有者)の意思のみにかかると解することは、民法が権利として保障する法定担保物権の本質にもとり、また、同法の定めは、執行機関には微妙な権利の存否を判断させ得ないという執行法上の考慮に基づくものであり、執行法の右規定を根拠に実体法上の権利を否定する結論を導くべきではないから、動産売買先取特権者には一種の物権的請求権として差押承諾請求権が認められるべきである。

仮に然らずとするも、原告は昭和六〇年三月一日に被告に対し本件売買にかかる商品に対する差押えにつき承諾を求める旨の意思表示をしたが、債務者の処分の自由を保障する民法三三三条は、本件のように先取特権者が権利の実行に着手した段階ないし破産手続段階においては適用されないと解するべきである。

5(第二次請求に関する法律上の主張)

民事執行法一九〇条は、債権者が執行官に目的物を提出することも競売開始要件としているから、動産売買先取特権者には物権的請求権として引渡請求権も認められるべきである。

仮に然らずとするも、原告は昭和六〇年三月一日に被告に対し本件売買にかかる商品に対する差押えにつき承諾を求める旨の意思表示をしたが、債務者の処分の自由を保障する民法三三三条は、本件のように先取特権者が権利の実行に着手した段階ないし破産手続段階においては適用されないと解するべきである。

よって、原告は、被告に対し、動産売買先取特権に基づき、第一次的には本件物件に対する差押えにつき承諾するよう求め、第二次的には本件物件を引き渡すよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(売買)及び2(破産宣告)の各事実はいずれも認める。

2  同3(占有)の冒頭部分のうち、被告が本件物件を占有していることは認め、原告がこれにつき動産売買先取特権を有するとの主張は争う。

(一) 不特定物(種類物)に対する動産売買先取特権が認められるべきである旨の原告の主張は争う。民法は、一物一権主義を採っており、動産売買先取特権の目的物を当該売買目的物に特定している。

(二) 「先入先出法」が通常の商品管理の方式であるとの原告の主張は否認する。本来、「先入先出法」は、経理処理における棚卸資産・有価証券の評価方法の一つにすぎず、実際社会における一般的在庫管理方法ではない。

さらに、日本蓄針の本社・営業所とも、現実の在庫管理方法として「先入先出法」を採っておらず、逆に「後入先出」が実態であった。

また、原告は、本件売買において対象とされた商品の数よりも被告が占有している数の方が多かった種類の商品については、原告代理人が動産売買先取特権の対象物を判定した旨主張するが、そもそも、権利を主張する者が自ら権利の目的物を判定しても、その判定の客観性・信用性を担保しえないし、また、原告代理人は、商品管理の経験も、さしたる商品知識もなく、しかも、売掛金債権との対応関係の確認を意図して納入伝票との照合手続等を経て判定したものではないし、単に梱包外装等の商品の保管状態から納入年月日を推測することは困難である。

結局、本件物件中には、昭和五九年一一月以前に納品した(この分の代金は支払ずみであり、動産売買先取特権は消滅している。)と強く推測される商品も多数含まれており、本件物件が本件売買の対象物件すなわち動産売買先取特権の目的物であるとの特定はなされていないといわざるをえない。

3  同4(第一次請求に関する法律上の主張)及び5(第二次請求に関する法律上の主張)の各主張はいずれも争う。

非占有型担保権の一つである動産売買先取特権の本質は、目的物の交換価値を把握する点にのみ存するにすぎないところ、民法三三三条は、所有者(債務者)の処分権能を重視し、動産取引の安全を図るため、所有者(債務者)の処分の自由を保障しているから、実体法上、動産売買先取特権者は、目的物の譲渡・引渡を禁止し、あるいは占有を取り上げる権利を有するものではないというべきである。そして、民事執行法一九〇条は、動産差押えは強制的に占有を取り上げることができないため、目的物又は差押承諾書の提出をもって任意の取上げに代えたものであって、執行官の判断能力の問題のみを考慮したものではない。

したがって、動産売買先取特権に引渡請求権という効力を認めることはできず、また、買主の目的動産に対する支配を失わせて売主の支配を確立するという意味においてこれと実質的に同価値である差押承諾請求権という効力を認めることもできないというべきである。

民法三三三条は先取特権者が権利の実行に着手した段階ないし破産手続段階においては適用されない旨の原告の主張は争う。債務者(占有者)には、原告の権利行使に際し、それを受忍する義務はあっても協力する義務はないというべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(売買)の事実は当事者間に争いがない。したがって、原告は、別表記載の各商品につき、動産売買先取特権を取得したということができる(民法三二二条)。

二請求原因2(破産宣告)の事実も当事者間に争いがない。

三本件物件が本件売買にかかる商品の一部であるか否かの検討はさておき、まず、動産売買先取特権者(売主)が、債務者(買主)ないしその破産管財人に対し、先取特権の目的物につき差押承諾請求権ないし引渡請求権を有するか否かについて検討する。

1 動産売買先取特権は、動産の売買によって当然に発生する法定担保権であって、公示方法に欠け、目的動産の競落代金から優先弁済を受け得るものの、目的動産を先取特権者において直接支配する権利はなく、追及効もない(目的動産が第三者に譲渡され、引き渡されたときは消滅する―民法三三三条)のであるから、目的動産に対する支配力は極めて弱いものといわざるを得ず、また、民事執行法一九〇条においても動産競売に際して目的物の占有を強制的に取得するとの前提がとられていないことを併せ考慮すれば、先取特権者には、債務者(買主)に対して目的物の引渡しを求める権利はないと解するのが相当である。また、差押承諾請求権についても、これを肯定すれば、結局において債務者(買主)の目的物に対する支配を失わせて先取特権者の支配を確立することになり、引渡請求権を肯定するのと実質において差異がなくなるから、これもまた認められない(すなわち、債務者(買主)は、先取特権者が手続に則り権利行使した場合にこれを受忍すべき義務を負うにとどまり、これを越えて積極的に差押えを承諾して先取特権者の権利行使に協力すべき義務は負わない。)と解するのが相当である。そして、以上のことは債務者(買主)につき破産手続が開始された場合の破産管財人に対する関係においても全く同様というべきである。

2 原告は、民法三三三条が債務者(買主)の目的物についての処分の自由を保障していることを認めつつ、債務者(買主)の右自由と先取特権者の権利とを調和させるための解釈論として、先取特権者が権利の実行に着手した段階ないし破産手続段階においては同条は適用されず、債務者(買主)ないし破産管財人は右処分の自由を失い、先取特権者からの差押承諾請求に応じなければならないと主張する。

しかし、右解釈は、そもそも明確な条文上の根拠を欠くばかりでなく、この差押承諾は、競売によって目的物に対する権利を失うことについての承諾にほかならないところ、先取特権者が目的物につき差押承諾を受けた後、競売の申立てをしない場合、債務者(買主)ないし破産管財人は目的物の使用収益権を奪われたままの状態におかれることになり、極めて不都合といわざるをえない。

さらに、本件のように債務者(買主)破産の段階で差押承諾請求が問題となる場合についてみるに、仮に原告主張のように破産手続段階においては先取特権者からの差押承諾請求に応じなければならないものとした場合、次のような問題が生じる。

動産売買先取特権は、ある動産が売買された場合に、当該動産の上に生じる法定担保物権である(民法三一一条、三二二条)から、先取特権者は、その行使にあたっては、対象となる物件を特定した上で、破産管財人に対して差押承諾の意思表示を求めなければならないと解される(したがって、不特定物(種類物)売買の場合、物件の個々の同一性の有無の判断は不要とする原告の見解は、到底採用できない。)が、請求を受けた破産管財人としては、先取特権者の主張する在庫商品の点検調査を余儀なくされるばかりでなく、さらに、物件の特定につき、先取特権者の判断と破産管財人のそれとが食い違った場合(動産売買先取特権は公示方法に欠けるから、多くの場合に予想されるところであり、本件はまさにその典型的な例である。)、先取特権者対破産管財人間の対象物特定をめぐる争いは最終的には裁判上確定されることが必要となり、破産管財人としては、それが確定されるまでは、差押承諾の対象物である可能性のあるすべての物件につき、処分を差し控えざるをえないことになるであろうから、破産手続の遅滞を招き破産管財人による在庫商品の早期一括処分等による有利な換価の道を閉ざすことにもなりかねない。他方、破産管財人が、差押承諾の対象外であるとの自らの判断を信じて物件を処分した場合は、その物件が差押承諾の対象物であると主張する先取特権者から責任を追及され、その対応に苦慮する事態が生じることも当然予想されるところである。

このように、動産売買先取特権に基づく差押承諾請求権(引渡請求権についても同様に解される。)を認めることは、破産財団から動産という財源を減少させ、破産管財人の事務量の増大による破産手続の遅延を招き、早期かつ集団的な清算を目的とする破産制度の根底を揺るがす契機をはらむものといわざるをえない。

したがって、原告の右主張はたやすく採用しがたい。

四以上のとおりであり、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は、いずれも理由がないことが明らかである。

よって、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石垣君雄 裁判官渡邉了造 裁判官岩坪朗彦は海外出張中につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官石垣君雄)

別紙<省略>

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